ヒストリー&コンセプト
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1999年の3月、小雨の降る早朝、片道チケットを手に、重量オーバー間違い無しのスーツケースやらバッグをこれでもかとタクシーに積みこんで、まだ春浅く寒い、どんよりとした曇り空の早朝のロンドンを後にしました。
チャチャのオーナー兼住人であるラフとレイコが、ロンドンや東京の生活を断ち切って、かねてからの夢であったブナケン島に完全移住、自らの手でこつこつとリゾートをつくりあげて8年が経ちます。
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出会い&きっかけ
←移住当時の二人(まだ若かりし頃?)
イタリア人とアイルランド人のハーフであるラフが、日本人である妻レイコに初めて出会ったのは、お互いダイビングホリデーとしてメナド(マナド)に来ていた1996年のこと。
”メナド(MANADO)リピーター”だったレイコが
「ブナケンでビーチのゴミ拾いでもしながらのんびり暮らしたい」
と夢を語った手紙を送った事がきっかけで連絡が頻繁に。
実際に会った日数が5日程度と、あまりに少な過ぎたが為、偽造結婚?するとでも思われたのか、レイコの場合は在日英国大使館でビザがなかなかおりず、手紙はもちろんファックスにいたるまで、ラブレターらしきものは全て徴収、コピーを取るなどの、信じ難い大使館員の要求にも応え、ようやくフィアンセビザ(婚約者ビザ)を取得。ロンドンに移住、ウィンブルドンにて無事、電撃結婚。
ロンドンで働きつつ着々とチャチャの構想を練っていったのでした。
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行 動
ロンドンで、ラフは自営、レイコは銀行員と、それぞれ本業を持つ傍ら、サイドでダイビングクラブ(ショップのようなもの)を結成。
地元イギリス人ダイバーや、駐在日本人ダイバーなどを集め、公共プールや、海軍のダイビング練習場などで、毎週ダイビングトレーニングを行い、イギリスの海や湖などへのツアーを組むうち、ついに海外ツアーを催行。当然行き先はメナド(マナド)。
イギリスでそのままダイビングビジネスを展開していくつもりが、繰り返しの訪問で親しくなった地元のダイブガイドに、「土地が売りに出てるよ。」と耳元でささやかれて、一気にその気になったラフとレイコ。
ツアー中からの情報を頼りに土地を探していたところ、村人との初のコミュニケーション、そして数々のハプニングの末、現在チャチャが建っているこのブナケン東側、シラデン島を目の前に望む、美しい海岸線の土地を獲得。
「格別」を望む2人にとっては、まさにうってつけのロケーションでした。
シンプルではありますが、コテージ、家具、リゾート内ガーデン、広々としたバルコニーのあるダイニングエリアのデザイン、土台づくり、建築にいたるまで、ラフとレイコ自身も、「ブナケンでのユニークな試み」と称して、直接関わりました。
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コンセプト
結果としてブナケン・チャチャ・ネイチャー・リゾート(旧称ブナケン・チャチャ・ダイブロッジ)が目指しているのはフレンドリーで個性のあるサービス。
ホテルでは決して味わうことのできない安堵感が得られる雰囲気を目指しています。 そんなわけなので、おもてなしできるゲスト人数も、最高18人までと限られているのです。
昨日までの喧騒からは、遠く隔離された、南の島のトロピカルフォレストの中の隠れ家。
広々としたテラスからは前方にシラデン島、左手にナイン島、モンテハゲ島の展望。
冷たいビールを飲みながら、時おり通り過ぎる地元漁師らの操るカラフルな帆が張られた船や、カティンティンと呼ばれる、音が似ている為に、村人から「ヘリコプターが来た!」とジョークが飛び出る小さなスクリューエンジンの付いた船が、スーッと海上を滑っていくさまをウォッチング。
チャチャ前リーフは、ドルフィンの群れがよく現れることでも有名。
目の前のハウスリーフを行ったり来たりするドルフィンたちを、ダイニングエリアで座ったままウォッチングできるリゾートなんて、メナド(マナド)やブナケン国立公園内に数多くあるリゾートの中でも、チャチャだけでしょう。
彼らが気まぐれに見せる背びれの数を数えたりしながらゆったりした時間を楽しんだり、驚かせないように、そーっと海に入り、スノーケリングでドルフィンスイムに挑戦してみるのもいいかもしれません。
それぞれのゲストが自由にのびのびと、それぞれの休暇をのんびり楽しんでいただけるよう、
適度にフレンドリーなホスピタリティーでおもてなし。
あとは、南国の海と、大自然からのヒーリング(癒し)に全ておまかせです。
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